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ゲ!偉大! - 第六回 岡本誠司

連続コラム:ゲ!偉大!

連続コラム:ゲ!偉大!

第六回 岡本誠司

ドイツの場合は当時のメルケル首相の呼びかけで文化芸術に対して6兆円ぐらいの支援をしたと聞きました。日本は約500億円。二桁違う。

岡本

100倍違いますね。

もちろん演奏できないという状況はすごくストレスになったと思いますが、少なくとも生きていく上での不安というのは、日本のミュージシャンや芸術家と比べるとずっと恵まれているんだろうなと思っていました。岡本くんはまだ留学生でもあるけれど、できるはずだった演奏活動ができなかった。そういうところへの支援はありましたか?

岡本

ドイツ国民でない留学生や働き口をドイツに持っていない人に対しての直接支援というのは特に手厚くはなかったので、そこが少し厳しい部分ではありました。あと、ドイツの文化政策も1年経って再度ロックダウンしたタイミングでは、結局かなり少ない支援しかできなかった。もちろんお金が湯水のようにあるわけではないですから、どの国でも厳しかったのではないかなと思います。新しい首相になってどう変わっていくかですね。

今までのように芸術や芸術家を大事にする姿勢はぜひ続けてもらいたいと思います。

岡本

そうですね。やはりその感覚は政治家も一般市民も鋭く持っている方が多いです。東西の時代もありましたしナチスの時代も経験して、文化や芸術というものがいとも簡単に途切れてしまうことを知っている国だからこそ、その火を絶やさない努力は続いていくと思います。コロナ禍の初期においてはその危機意識がよりすごかったのかなと思います。それがしっかりと今後も常に何かの形で残るといいなと思っています。

これからもコロナとの戦いというか、with コロナは終わりそうにない雰囲気がある。少し先になりそうだけど、収束したときに芸術とか音楽に何ができるか、何をやっていかなければいけないか、何か考えていますか?

岡本

芸術とか音楽が、衣食住や健康に生きることよりも重要だとは言えないんですけれども、それらが確保された上で何が次に大事かということになると、やはり人間の心の部分の栄養がすごく大事にはなってくる。それは僕自身もひとりの人間として感じることです。もちろん答えは音楽一つではないので、何が心の栄養になるかは人それぞれだと思いますけれども、逆説的に言えば文化や芸術を軽んじた先には豊かでない世界が広がっているということは過去の歴史の例からもわかる。一輪の花を愛でるじゃないですけれど、道端の花を愛でる、あるいはそこに花壇を作りお花畑を作っていくように、何か美しいと思えるものを持つことが心の栄養になることもある。視界の隅っこにでもいいし、自分の裏庭にでもいいけれど、そういうものを常に持つという意識がもっと広がっていけばと思います。

文化芸術の大切さということを言われると、そこに携わっている僕自身でも、極論なくてもいいのではないかと思ってしまう瞬間もあります。でもやはりそれは違う。安らぎや慰め、そして喜びを呼び覚ます場、そういうものは本当に絶やしてはいけないと思いますし、そのために、ひとりの音楽家としてできることは少ないけれど、熱意を絶やすことなく音楽を通して何かしらの心の揺れ動きを提供して、聴いた方が何かを考えたり想像を膨らませたり何か新しいアイディアを得たりしてもらえればいいと思います。難しいですね。でもただひたすら続けていって、そういった文化芸術の大切さをいろんな方々に認識していただくための小さなきっかけを作っていけたらいいですね。

文化芸術を大事にしない国はダメになる。今、残念ながら日本はそういう状況じゃないですか。

岡本

そうですね。

日本は資源がない国ですが、今まではいわゆる加工貿易みたいなことに頼ってきて、そこは成功して戦後、奇跡的といわれる経済発展を遂げた。だけどその後、科学技術の発展を目指したときに、理数系や英語を充実させる代償で、芸術系教科や国語などが非常に削られてしまった。その結果、子供たちが多様な考えとか感動とか、そういうものをなかなか体験できなくなってきていると思います。人作りのところでやっぱり芸術が果たしてきた役割というのはすごくある。みんなが気づかないうちにそこを隅っこに追いやってしまったことは、やっぱり今の人作りというところでマイナス面を生み出してしまった。決められた数式を解いて正解は一つというようなことばかりで、自分自身で新しいことを考えることが不得意だと思うんです。だからそういう意味で芸術に触れてきた人たち、楽器を演奏したり絵を描いたりということを、お稽古ごととしてでもやってきた人たちのほうが、これからは戦力になると僕は信じています。これからそれを国の方に本当にわかってもらうようにしていかないといけない。「芸術で国を変えよう!」というくらいに。あなたとか反田くんとかのジェネレーションにそれをぜひ担ってもらいたい。

岡本

そうですね。先日も反田くんと話したんですけど、努力して時間をかけても知らないものを知りたいとか、興味があるものを突き詰めていきたいと考える人が少なくなっているのではないかと。その背景には、情報が手軽にインスタントに手に入る世の中になったこともあると思います。我々ができるのは音楽とその周辺のことだけですが、「面白い!」とか「これは何だ?」と思ってもらえるものを提供して、自分たちももっと突き詰めていきたいという話をしました。音楽を文化芸術を愛する者として、廃れていってしまうのはこの上なく悲しいので、そうならないようにしたいです。

ジャパン?ナショナル?オーケストラのことも非常に興味があります。これは反田くんのアイディアですか?

岡本

そうですね。彼が十代の頃から、漠然とオーケストラを持ちたいという夢があったのだと思います。オーケストラは最初は10人ぐらいから始めて、徐々に増えていきました。

株式会社というのがユニークですね。

岡本

僕も最初に話を聞いた時点ではどうなるのかまったく見えていませんでした。ご存知の通り株式会社にすることでよい部分と難しい部分があると思いますけれども、自分たちの興味のあるもの、突き詰めていきたいものに対して実直にというか愚直に進んでいける形をとりたい、そこだけはずっと守っていきたいという気持ちがあって。自分達が演奏会やプログラムに100%以上の力で取り組めるような体制を、個人でなくオーケストラという団体になったときにも確保していくためには、いろいろな部分をフレキシブルにする必要がありました。そしてそれを周りから支援していただけるシステムも作りたいと思いました。

DMG森精機さんや森記念製造技術研究財団がかなり支援をされているんですね。

岡本

そうですね。始まって1年経ちますが、DMG森精機さんのスポンサードなしでは成り立たなかったことですし、今後も長いスパンでスポンサーをしていただきながら、どんどん自分の足で歩けるようになっていきたいと話しています。

反田さんが社長ですか?

岡本

彼が社長です。彼は僕が所属しているNEXUSという事務所の社長でもありますし、そこが持っているレーベルのNOVA Recordの代表でもあります。友人同士であり社長と従業員でもあるという。

副社長ではないんですね。

岡本

副社長ではないです。でもオーケストラのコンサートマスターとしての役割は担わせてもらっています。反田くんとはいろいろ話して、情報も感覚も共有しながらCDを作ったりリサイタルをしたりしています。彼も新しいものへの興味があるし、もっと良くしたいという思いが人一倍強い人なので、そういった部分から僕自身も刺激を受けながらやっています。

将来は音楽院も作りたいそうですね。

岡本

そうですね。若い世代やいろいろな先進的な考えを持つ人たちを育てたい、そういった人たちが海外からも日本に集まってくるような音楽院にしたいという夢があります。彼の夢は大きいので、周りの人間もなかなか全貌を把握できないんですけれども、僕自身も日本全体の音楽に対する機運が高まるのであれば前向きに取り組みたいと思っていたところでした。

僕も長年藝大にいて、学生時代から数えると間もなく50年近くになるけれど、藝大に例えばウィーンからの留学生がモーツァルトを学びにやってくる、あるいはパリからドビュッシーやラヴェルを学びにやってくる、そういう大学にしたいとずっと思ってきました。まだ実現には少し道のりがあるかもしれないけれど、彼も同じようなことを考えていそうですね。

岡本

日本がクラシック音楽の一つの中心地となるためには、内側への刺激も必要です。音楽院の構想はそういった部分になるのかなと思います。

例えば美術の世界だと、かつて奈良の大仏を鋳造した技術というのは半島から渡来人が伝承したものだけど、そういうものが韓国や中国では途絶えてしまった。でもそれが藝大には残っている。それを今、実際に韓国や中国から留学生が学びに来ているんですよね。だからクラシック音楽の世界でも近々そういう状況になると思う。コンクールがすべてじゃないけれど、国際コンクールの上位入賞者は日本人や韓国人、中国人になってきていて、本場のヨーロッパの人たちが食い込めなくなってきているという状況からすると、もうあとちょっとだなという気がする。そういう期待があるので、ぜひ僕が元気なうちに見せてほしいですね(笑)。

岡本

音楽院の構想については結構長いスパンが必要だという話はしているんですけれど、少しでもその流れを一歩一歩作っていけるように頑張ります。

最後に、現役の藝大生やヴァイオリンを学んでいるあなたよりもさらに若い年代の人たちへのメッセージをお願いします。

岡本

メッセージと言われると気恥ずかしいですけど。例えばヴァイオリンという楽器を選んだとしても、自分が何に興味を持ってその中でどういったものをやっていきたいか、何が好きで何が得意か、これは不得手だけれども取り組んでいきたいとか、これは自分がやりたいこととは違うかもしれないとか、そういった感覚を持って能動的に日々のレッスンや学びにつなげてほしい。自分の本心を大事に捉えて、心の声に従って人生を進めていくことですかね。その上で、将来のために必要だと思って努力するもよし、自分の信じる道を突き詰めるもよし。自分のやりたいことを見つけてから藝大に来ても、あるいは藝大の中で見つけてもいいと思います。僕自身は自分が死ぬときに「いい人生だったな」と思えれば、それだけでいいと思っているので。

あとは藝大にはいろいろな刺激を受けるチャンスがそこここに転がっています。友人と夜中まで討論したり、いろいろな人たちの演奏を聴いてみたり、先生にちょっと議論をふっかけてみるのもいい。自分の知らなかった考えを得られる場所が、このいろんな個性が集まる大学だと思います。そこを楽しんで学生時代を送ると、その後で自分の納得のいく人生、自分が面白いな楽しいなと思い続けられる人生を迎えられるのではないかと思います。

学生時代は美術学部とはあんまり交流はなかったですか?

岡本

そこだけが僕の唯一の後悔ですね。作曲科の友人の作品を演奏することはもちろん何度かありましたが、いわゆるコンテンポラリーの音楽とか即興演奏というものにはそこまでオープンではなかったので、よりフレキシブルなコラボレーションということに至らなかった。4年間あったのだから、ちょっとはやればよかったなと思います。美術学部の人との繋がりもぜひ。道路を渡るだけなので、それは過去の自分に対して言いたいことでもあります。

僕自身も学長にならなければ未だに知らなかったことばかりです。美術学部側へ行くのは食堂へ行く時くらいでしたから。今の学生たちにはその藝大ならではの利点をいかしてもらいたいなと思って。

岡本

やはり同じアートとして、心から出るものを表現する者として学ぶことはあると思う。自分が楽器を弾く上での学びに直結はしないかもしれないけれど、作品を見て感動するだけでもいいですし、あるいは制作過程を直に知ることで、自分の感覚をより豊かにしたり、日々の精進をしていく上でのモチベーションをもらったり。あるいは実際にコラボレーションするのはきっと楽しいはずです。自戒を込めて、後輩達にはぜひやってもらいたいと思います。

誠司からのメッセージでした(笑)。

岡本

ありがとうございました(笑)。

(対談後には第6ホールで行われたフレッシュコンサートにてサプライズゲストとして演奏。)

 

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【プロフィール】

岡本誠司
2014年、第19回J.S.バッハ国際コンクール(ドイツ?ライプツィヒ)のヴァイオリン部門にてアジア人で初めて優勝。 その後、ヴィエニャフスキ国際コンクール(ポーランド?ポズナン)第2位、エリザベート王妃国際コンクールでのファイナリスト入賞などを経て、 2021年9月にはARDミュンヘン国際音楽コンクールのヴァイオリン部門にて、部門として3大会12年ぶりとなる第1位となったほか、委託新曲賞など複数の副賞を受賞するなど、受賞歴多数。 1994年6月生まれ。 東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京藝術大学音楽学部を卒業後、ベルリンのハンス?アイスラー音楽大学の修士課程を修了。 現在はクロンベルク?アカデミーに在籍し、ベルリンにて研鑽を積みながら、日本およびヨーロッパで、ソリストとしてのみならず、デュオ、室内楽、アンサンブルなど幅広い演奏活動を行っている。 これまでに富川歓、中澤きみ子、ジェラール?プーレ、澤和樹、アンティエ?ヴァイトハースの各氏に師事。 国内では読売日本交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、海外ではバイエルン放送交響楽団、MDRライプツィヒ放送交響楽団、ハイルブロン?ヴュルテンブルク室内管弦楽団、ベルギー国立管弦楽団、サンクトペテルブルク交響楽団、スロヴァキア国立コシツェ交響楽団など、多くのオーケストラと共演を重ねている。 2020年より、全5+1回のリサイタル?シリーズを定期的に開催。全体と各回それぞれにテーマ性を持たせたプログラミングで、無伴奏と同世代のピアニストとの共演でのデュオ演奏を行っている。 2020年5月にはNOVA Recordよりデビューアルバム”frei aber einsam”をリリース。 また、反田恭平が立ち上げたJapan National Orchestraのコアメンバー/コンサートマスターとしても精力的に活動している。 NPO法人イエロー?エンジェルよりヴァイオリンの貸与を受け、㈱日本ヴァイオリンより名器貸与特別助成を受けている。 https://seijiokamoto.net/